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千葉地方裁判所 平成10年(モ)478号 決定

申立人

甲野太郎

右代理人弁護士

渡邊真次

四宮啓

石川知明

宮家俊治

金子宰慶

相手方

右代表者法務大臣

下稲葉耕吉

右指定代理人

中垣内健治

外六名

主文

一  相手方は、別紙目録記載の現場記録表及びそれに付属する写真、録音その他の証拠品、資料を当裁判所に提出せよ。

二  申立人のその余の申立てを却下する。

理由

一  申立ての趣旨及び理由

本件申立ての趣旨、理由及び本件申立てに対する意見は、それぞれ別紙記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  本件記録によれば、本件訴訟は、原告である申立人が、覚せい剤取締法違反被告事件で千葉刑務所拘置監に勾留され、糖尿病のため同刑務所病舎第一房に収容されていたところ、同刑務所の職員から就寝の体勢を注意され、原告がこれに反発したことから、取調室に連行され、同所において同刑務所第三区長Aほか職員数名により暴行を受け、その後金属手錠等の戒具を装着させられて保護房に収容された際にも暴行を受けたことにより、右前額部挫傷、左前腕部挫傷等の傷害を負わされたほか、精神的、身体的苦痛を受けたとして、被告である相手方に対し、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償を請求するものであるところ、本件文書提出命令の申立ては、同刑務所記録係及び採証係が現場で本件の状況を記録した現場記録表及びこれに関して作成、収集した写真、録音その他の証拠資料並びに保護房への収用状況を記載した保護房使用書留簿について、民事訴訟法二二〇条三号後段の法律関係文書に該当するとしてその提出命令を求めるものである。

2 民事訴訟法二二〇条三号後段の挙証者と文書の所持者との間の法律関係につき作成された文書とは、訴訟における真実発見、証拠資料の収集の必要性と他方における文書所持者の利益の保護の調和の観点からすれば、挙証者と所持者との間の法律関係(契約関係に限らない。)それ自体のみならずこれと密接に関連する事項(当該法律関係の発生、変更、消滅をきたす事実や当該法律関係の存否の判断に直接影響を及ぼす事項等)について記載されたものをいうが、その文書がもっぱら所持者の自己使用のため作成されたものであるときは、その作成経緯や文書の重要性等に照らして、その文書を挙証者の立証に使用させないことが著しく信義、衡平に反すると認められない限りは、たとえその文書に挙証者の法的地位を明らかにしたり、挙証者と所持者との間の法律関係に関する記載がなされているとしても、同号にいう文書には該当しないと解される。また、もっぱら所持者の自己使用のために作成された文書でなくても、それを提出した場合に公共の利益を害するおそれがあり、これを避ける必要性が文書提出の必要性に優越する場合には、当該文書の提出を求めることはできないというべきである。

3  そこで、本件各文書のうち、まず現場記録表及びこれに付属して収集保全されたその他の証拠資料について検討するに、現場記録表は、「実力行使に関する状況の記録について」と題する矯正局長通達(昭和四五年一月一九日付矯正甲二九)三条により作成を義務づけられている文書であり、同通達は作成すべき文書について様式を含め詳細に規定しているが、これによれば、右文書は、事件番号、記録年月日、記録場所、現場に居た職員の氏名・人数、実力行使職員の氏名、現場指揮者、使用武器・戒具の種類及び使用方法等の記載のほか、本件の争点に密接な関連を有すると思われる認知の状況、暴行・抵抗・職務執行妨害の具体的な状況、指揮状況、制圧方法、被施用者の状況、連行の状況、職員・収容者その他の負傷の程度等を記録すべきものとされている。また、同通達は、これに関して必要な写真、録音その他の証拠及び資料の収集保全をも義務づけている(三条)。そして、本件では、申立人は、被告の職員数名から暴行を受け、右前額部挫傷、左上腕部挫傷等の傷害を受けたなどと主張して、国家賠償法一条一項に基づき損害賠償請求をしているものであって、申立人と相手方の間には、右損害賠償義務の存否をめぐる法律関係が生じているといえるところ、右のとおり、現場記録表には、職員による実力行使に関する具体的状況の記載がなされているのであるから、本件訴訟の主要な争点である職員による暴行の有無の判断に直接影響を及ぼす具体的事実が記載されているものと考えられ、したがって、挙証者と所持者の間の法律関係に密接に関連した事項が記載されている文書ということができる。

次に、右文書が所持者のもっぱら自己使用のための文書であるかについてみるに、同通達の前文によれば、「収容者または部外者による暴行、職務妨害等の侵害行為があってやむを得ず職員が実力を行使する場合の状況を的確に記録することについては、従来から配慮されているものと思料するが、特に多数の者による暴行等の場合、多数職員による実力行使の場合、非常警報による緊急の場合または多数出廷で混乱する場合等において収容者の抵抗、暴行、収容者その他の者の妨害行為、職員による制止、制圧もしくは連行等の具体的な状況の正確な調査に相当の日数を要し、これらに関連して収容者等から抗争または牽制手段としてなされる告訴、告発もしくは提訴に応ずる資料が充分でなく、または施設側からする告発、捜査、事件の通報もしくは送致を迅速に行ない得なかった事例があることにかんがみ」、従来とられた処置に加えて右文書の作成を義務づけたものであり、同通達は、これに加えて右文書を作成した記録係及び採証係に、右文書を保安責任者を経て施設長に提出報告せしめ、これを施設長の指名する保安関係職員をして保管せしめることとしている(四条ないし六条)。これによれば、現場記録表は、刑務所内等における職員の実力行使の状況等を明らかにするため、記録係がその発生原因、状況等を記録し、その結果を施設長に報告すべく作成されるものであって、右文書に基づき作成された文書を証拠資料として提出することは格別、右文書それ自体を一般に公開することは予定していないとも考えられ、この限りにおいては、右文書を自己使用を目的として作成された内部文書とみる余地がないではない。

しかしながら、右文書は、日記やメモなどのように、作成者の任意の判断で作成されるものではなく、前記通達に基づいて記録係たる職員が職務上作成するものであるうえ、同通達の前記のような趣旨からすれば、これに付属して収集保全が義務づけられている証拠資料をも含めて考えると、これらを収容者等からの提訴等に対応して、あるいは収容者等に対する告発や事件の通報、送致に際して、証拠資料として利用することも全くありえないではないとも解されるのであって、純然たる内部的事情に基づいて自己使用の必要のみから作成されるものとはいいがたいのである。

また、本件訴訟は、刑務所という閉鎖された施設内における職員からの暴行等が問題となる特殊な事案であって、申立人が独自に右暴行等の有無を調査し証拠資料を収集することは極めて困難であり、その意味では、右文書は、本件発生直後における収容者の暴行・抵抗・職務執行妨害の具体的な状況や職員による制圧方法、暴行の有無等本件の状況を公的機関が詳細かつ具体的に客観化し記録し保存している唯一の文書であって、本件訴訟において暴行の有無を判断するに当たっても重要な文書といえ、通達によりその作成を義務づけられていることからすれば、その内容の客観性もある程度担保されているものと考えられるのであり、さらに、本件のような国家賠償請求事件については、相手方である国はすみやかにその真相を調査し解明する義務があるというべきであることからしても、右のような有用な文書を所持しながら、重大な国家利益を害するおそれが認められないにもかかわらず相手の立証に使用させないことは、著しく信義及び衡平に反するものというべきである。したがって、本件においては、現場記録表をもってもっぱら所持者の自己使用のために作成された文書として、民事訴訟法二二〇条三号後段の法律関係文書に該当しないということはできない。

また、右文書に記載された事項は、いずれも施設管理ないし保安上の秘密その他重大な国家的利益に直接関係がある事項とは認められず、この点に関する相手方の立証も抽象的なものにとどまり、本件訴訟における右文書提出の必要性に優越するような公共の利益侵害のおそれを認めることもできない。

以上のとおり、相手方には、現場記録表の提出を拒む理由があるものとは認られず、このことは、右文書に付属して収集保全された写真、録音等の証拠資料についても同様である。

4  次に保護房使用書留簿についてみるに、右文書は、「保護房の使用について」と題する矯正局長通達(昭和四二年一二月二一日付矯正甲第一二〇三号)八条により作成を義務づけられている文書であり、同通達は作成すべき文書についての様式も別に規定しているが、これによれば、右文書には、拘禁及び解除の年月日、拘禁事由、身分、番号、氏名等を記載することとされているものの、本件の争点である職員による実力行使や暴行の有無に関する事実の記載がなされているかは必ずしも明らかではなく、また、本件訴訟では、申立人を保護房に収容したこと及び金属手錠等の戒具を使用したことの適否も争点となっているが、右文書には保護房における収容状況や戒具等の使用状況等の記載が義務づけられていないことから、これに関する記載がなされているかも明らかではない。そして、右文書の右のような記載事項からすれば、本件においては、前記現場記録表等が提出されればこれと重ねて右文書の提出を求める必要性はないものと認められ、さらに、右文書には申立人以外の収容者等についての記載も存すると思われることから、右文書を公開することによる他の収容者等の名誉等の侵害のおそれも考えられる。したがって、申立人は、右文書については、提出を求めることができないというべきである。

5  よって、申立人の本件申立ては現場記録表及びそれに付属する写真、録音その他の証拠品、資料の提出命令を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないので却下することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官西島幸夫 裁判官岩坪朗彦 裁判官室橋雅仁)

別紙目録〈省略〉

別紙意見書〈省略〉

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